叡福寺(層塔・地蔵・阿弥陀石仏 他)

 叡福寺(えいふくじ)(大阪府南河内郡太子町太子2146)

 「上の太子」と呼ばれ、聖徳太子御廟所としてよく知られている

叡福寺層塔 (平安時代後期)

叡福寺の墓地にあるこの塔は、存在感がある

叡福寺層塔(平安時代後期) 曼荼羅板碑(叡福寺墓地)

後嵯峨天皇皇后 文骨所 宝篋印塔 五輪塔 (叡福寺)

後嵯峨天皇は鎌倉時代の仁治三年(1242)〜寛元三年(1245)在位

地蔵菩薩石仏(室町時代)(叡福寺墓地)

五輪塔群(聖徳太子廟の裏山中腹に並んで立つ五輪塔は壮観)

隔夜堂 阿弥陀石仏(府指定文化財、鎌倉時代初期) 泥掛け地蔵(室町時代後期、高さ 96Cm)

隔夜堂は、叡福寺の門前にある。泥掛け地蔵は「太子四ツ辻」から東へ300mの地蔵堂に納められている

西方院 三尼公(恵善、善信、禅蔵)御廟所

聖徳太子の乳母の日益、月益、玉照の三人が聖徳太子の死後、出家し善信、禅蔵、恵善となり三尼公と呼ばれた

西方院は、叡福寺の門前にある隔夜堂の脇の道を南に階段を上がった所にあり、創建時は叡福寺の塔頭の一つであった


多宝塔の上重、尾垂木の上で軒を支える邪鬼

多宝塔初重、中備えの蟇股

叡福寺多宝塔(重要文化財、江戸時代初期、本瓦葺、高さ 約18m)

融通念仏宗、宗祖 良忍大師御廟

叡福寺の境内にある

 鹿谷寺(ろくたんじ)跡十三重石塔                      石仏と石塔-目次!

聖徳太子御廟所、新旧の板碑が周りを取り囲んでいる

 石  仏-紀年順-目次

層塔紀年順  清涼寺(せいりょうじ)石造層塔(平安時代後期)  石造層塔-紀年順-目次

*近鉄長野線「貴志駅」または近鉄南大阪線「上ノ太子駅」下車、金剛バスにて「太子前」下車すぐ

(撮影:平成19年2月25日)