東向観音寺(ひがしむきかんのんじ)(京都市上京区観音寺門前町863)
もとは北野天満宮の神宮寺、現在は真言宗泉涌寺派の寺院。天満宮の参道西側にある。五輪塔は菅原道真の母、大伴氏の墓といわれている
東向観音寺(ひがしむきかんのんじ)五輪塔(鎌倉時代中期、花崗岩、高さ 約450Cm)
空・風輪 (火輪に比べ大きく作られている) | ||
本堂に向かって左側(南側)の奥に祀られている。もと伴氏社にあった | 火輪 (軒口は厚く、軒反はやや弱い) |
荒叩きの仕上げで整った美しさはないが、圧倒的な存在感がある。形状は革堂(こうどう)の五輪塔に似ている。
五輪塔水輪、大きい卵形をしている
五輪塔は、もと菅原道真の母を祀る伴氏社(ともうじしゃ)の石鳥居奥にあり、明治の神仏分離で寺に移された
地輪、背が低いつくりになっている
忌明塔(いみあけとう)と呼ばれ、革堂(こうどう)五輪塔、知恩院(ちおんいん)五輪塔とともに忌明塔として有名である
忌明塔とは、四十九日の忌明けに五輪塔に参詣し、裳に服していた身体を清めた
東向観音寺(ひがしむきかんのんじ)
北野天満宮伴氏社(ともうじしゃ)石鳥居(京都市上京区馬喰町)
伴氏社(ともうじしゃ)は菅原道真の母を祀る。母が大伴氏の出身であることから伴氏社という
伴氏社(ともうじしゃ)石鳥居(重要美術品、鎌倉時代後期、花崗岩、高さ 270Cm)
西側の東向観音寺に移転した五輪塔の石鳥居で、五輪塔は明治の神仏分離で寺へ移された。柱は太くやや内側に傾ける |
石鳥居 背面
上の笠木と島木は自然の反りを示し、両端をやや斜めに切っている。額束が島木にくい込むのも珍しい
鳥居の台石は単弁の蓮弁を刻み、この形式が鎌倉後期の時代を表す。尚、南北朝時代の絵巻では、この鳥居が木造になっており、本体の時代は未定 |
北野天満宮中門(三光門)(重要文化財、桃山時代、単層、入母屋造、桧皮葺)
北野天満宮拝殿(国宝、桃山時代 慶長十二年 1607年、入母屋造、桧皮葺)
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*京都市バス 「北野天満宮前バス停」下車、すぐ。
(撮影:平成21年4月28日)