白井市郷土資料館[千葉県白井市(しろいし)復1148-8]
平成21年(2009)に発見された「釈迦種子」を主尊とする武蔵型板碑で、鎌倉時代後期 乾元二年(1303)の紀年銘がある。
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- 山本家 釈迦一尊種子板碑(市指定文化財、鎌倉時代後期 乾元二年 1303年、緑泥片岩、高さ 66.5Cm 下幅 22.5Cm)- - - - - |
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白井市郷土資料館に展示。身部は、上方に釈迦如来の種子「バク」を蓮座上に、下方は紀年銘を刻む。 |
板碑は、埼玉県小川町で採掘された緑泥片岩(点紋片岩)で作られ、種子「バク」と蓮座のあたりに薄い加工痕が残っている。
板碑 頭部
山形の頂部を欠損する。下に二条線、身部の輪郭はない。
身部、蓮座上に「釈迦如来」の種子「バク」を刻む | 身部下方、紀年銘を刻む。 |
身部は、上方に釈迦来の種子「バク」、下方 に「乾元二年(1303)六月日」の紀年銘がある。「乾元二年(1303)」は、白井市最古の板碑。
釈迦種子「バク」
釈迦如来の種子「バク」は、美しく薬研彫されている。
この地域の板碑は、主尊が阿弥陀一尊もしくは阿弥陀三尊種子がほとんどで釈迦種子を主尊とする板碑は極めて珍しい。
蓮 座
線刻の内側を薄く斜に削り、浮彫の効果を出している。蓮実は、簡略化する。
蓮座を線刻した同時代で同形式の板碑には、さいたま市北区の「長福寺釈迦一尊種子板碑」
(徳治二年 1307年)があり、本板碑と同様 埼玉県小川町で採掘された緑泥片岩(点紋片岩)で作られている。
長福寺 釈迦一尊種子板碑の蓮座
板碑が発見された長福寺の南に位置する阿弥陀堂は、武蔵七党 猪俣党の庶流 岡部忠澄(六弥太)の建立と伝える。
刻銘:「乾元二年(1303)六月日」 | 板碑背面、中央部に鑿(のみ)の痕が残る。 |
草書体の紀年銘は、流れるように美しい。背面は、中央部に鑿(のみ)の痕が残るが、背面にしては丁寧に仕上げている。
この板碑が作られた乾元二年(1303)頃、板碑が発見された地区は「平塚郷」と呼ばれ、後に鎌倉幕府第15代執権となる金沢貞顕(北条貞顕)が領主であった。
白井市郷土資料館 展示状況
光明寺(こうみょうじ)阿弥陀三尊種子板碑 石仏と石塔-目次!
白井市文化センター (白井市郷土資料館)
平成6年(1994)、博物館類似施設として開館した。
*北総鉄道 「白井駅」 下車、北方向へ徒歩 約10分。白井市文化センター内の「郷土資料館」に展示。(月・祝日 休館、観覧料無料)。
(写真は全て、山本様の提供によるものです。)