能勢町の石造美術(6)丸山九重石塔と宝篋印塔

 地黄(じおう)丸山九重石塔(大阪府豊能郡能勢町地黄)

  丸山城址は、鎌倉時代より能勢氏の本拠地として知られる中世の山城。城址の大手口付近に九重石塔と宝篋印塔がある

丸山九重石塔(府指定文化財、鎌倉時代中期 弘安十一年 1288年、花崗岩、総高 309.4Cm)

塔身、金剛界四仏の種子を薬研彫りする(タラーク:宝生)
水煙を刻む相輪は欠落し、塔の横に置いてある(竜車・宝珠は欠失) 月輪は刻まず、直接金剛界四仏の種子を刻む(キリーク:阿弥陀如来)

屋根軒は厚く、軒反(のきぞり)も力強い。軒裏に一重の垂木型を刻出する

塔身、金剛界四仏の種子を薬研彫りする(アク:不空成就)
塔身、金剛界四仏の種子を薬研彫りする(ウーン:阿閦如来) 能勢町にある唯一の九重塔。能勢町で最も古い石造物

基礎は、背が低い古風で、正面(南面)に3行13字で「三月十三日 弘安十一年(1288) 造立之」の刻銘がある

  地黄(じおう) 丸山宝篋印塔

丸山宝篋印塔(南北朝時代前期 延文五年 1360年、花崗岩、高さ 137Cm)

小振りだが美しい宝篋印塔。基礎の反花(かえりばな)が典型的な南北朝様式を示す(左:平成21年6月16日、右:平成19年9月29日撮影)

今回の撮影では、横に置かれていた相輪が、接続されていた。やはり、相輪のあるなしでは、全然印象が違ってくる

笠は、下二段、上六段の通常形、隅飾は二弧輪郭付でやや外傾する

塔身は月輪を刻み、内に金剛界四仏の種子を刻む(タラーク:宝生如来)
相輪は別物、九輪を挟んで単弁請花と覆輪付二段請花。宝珠を欠失 塔身は月輪を刻み、内に金剛界四仏の種子を刻む(キリーク:阿弥陀)

南北朝時代の梵字は、鎌倉時代に刻まれた梵字の雄勁さはないが美しく整っている

塔身の四面に金剛界四仏の種子を薬研彫りする。上左:ウーン(阿閦如来の種子)、上右:アク(不空成就の種子)

 能勢町の石造美術(7) 清普寺の石塔と薬師石仏              石仏と石塔-目次!

基礎は四面とも輪郭をつけ内に格狭間、上端に複弁の反花を刻む

基礎の両端、四面八ヵ所に刻銘があり、延文五年(1360)に二親の追善塔として立てられたと刻まれている

刻銘:「右志之趣者、為二親□□」「沙弥道円、比丘尼禅阿」「延文五年(1360)、正月廿七日」「願主道元、願主宗光」

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*能勢電鉄 妙見口駅より阪急バスに乗車「豊能警察署前バス停」下車、徒歩 約10分

(撮影:平成19年9月29日、平成21年6月16日)