奈良から柳生へと至る柳生街道は、磨崖仏を中心とした石の芸術街道だ!
阿対(あたや)の石仏(奈良市柳生下町)
阿弥陀如来は、流行病(はやりやまい)よけの願を聞いてくれるといわれている
あたや地蔵磨崖仏(鎌倉時代末期、高さ 193Cm 幅69.7Cmの枠取りに立つ像高 148Cmの阿弥陀立像)
地蔵菩薩磨崖仏(室町時代の追刻、像高 69.7Cm) | 阿弥陀磨崖仏(墨と黄土等で、彩色を施している) |
地蔵菩薩(写真:左)は、子供のない人が豆腐を供えると、子が授かるといわれている
南名寺からから柳生方向(北)へ行くと369号線と合流する。その合流地点のこんもりと茂った木立の裏側にある。
何の標識もなく、案内板もなく双仏石磨崖仏はあった
向かって左側に各二体の地蔵仏が刻まれている | 向かって右側には二体の地蔵仏と五輪塔が刻まれている |
元亀の地蔵石仏(奈良市大柳生町上脇)
地蔵石仏(室町時代 元亀二年 1571年の銘、花崗岩、高さ 130Cm、像高 94Cm) |
北出磨崖仏(奈良市阪原町中村)
北出来迎阿弥陀仏(南北朝時代前期 文和五年 1356年銘、高さ 143Cm、像高 91Cm)
中 淳志さんの著書「日本の石仏200選」にも選ばれている名品
南名寺(なんみょうじ)(奈良市阪原町1005)
寺の創立は、宝亀二年(771)といわれ、古くは多くの伽藍を有したといわれている
南名寺十三重石塔(鎌倉時代後期、高さ 340Cm)塔身は金剛界四仏を刻む | 宝篋印塔(鎌倉時代後期、花崗岩、高さ 108Cm) |
南名寺墓地石仏群
藤原時代のの石仏群があるという
柳生の石仏と石塔-2(ほうそう地蔵、立野寺、芳徳寺他) 石仏と石塔-目次!
南名寺本堂(重要文化財、鎌倉時代、本瓦葺、一重寄棟造り)
堂内に平安時代初期初期の「薬師如来坐像」(重文)や「釈迦如来坐像」・「阿弥陀如来坐像」(重文、平安時代後期)が安置されている
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*南名寺へは、JR・近鉄「奈良駅」下車、奈良交通バス 柳生・邑地中村行バス43分「阪原」下車すぐ
(撮影:平成19年3月25日)