百済寺(ひゃくさいじ)宝篋印塔

 百済寺(ひゃくさいじ)(滋賀県東近江市百済寺町323)

  百済寺は、湖東三山(西明寺・金剛輪寺・百済寺)の一つで、推古十五年(607) 聖徳太子の祈願により百済人のために創建された古刹。

百済寺(ひゃくさいじ)宝篋印塔 (鎌倉時代後期 、花崗岩)

塔身、角を丸く面取りし、顕教四仏を半肉に陽刻する(北面:阿弥陀如来)
本坊からの長い石段を登ると、本堂の右手手前に立っている。 塔身、角を丸く面取りし、顕教四仏を半肉に陽刻する(東面:弥勒如来)

塔身の顕教四仏は、北面が阿弥陀如来(通常西面)になっており、時計方向に90度進んだ位置になっている。

笠の段型は下二段、上七段、隅飾は直立素面で古式を示す。

塔身、角を丸く面取りし、顕教四仏を半肉に陽刻する(南面:薬師如来)
塔身、角を丸く面取りし、顕教四仏を半肉に陽刻する(西面:釈迦如来) 塔身の形状が、近江のものとしは珍しい。

基礎 正面(北面)

基礎は上端二段、側面は輪郭を巻き内に格狭間をつくり三茎蓮文様を刻んでいる。

相輪は下から、伏鉢・請花・九輪・請花・宝珠。笠と基礎がバランスよく合っており、相輪と塔身は別物かもしれない。

基礎 正面(東面)

三茎蓮の文様が美しい。

紅葉のシーズンには、多数の人が訪れる。

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百済寺 本堂 (江戸時代前期 慶安三年 1650年再建)(天台宗)

天正元年(1573)、織田信長の兵火により一山ことごとく焼失、現在の本堂・仁王門・山門等は、江戸時代前期 慶安三年に竣工したもの。

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*近江鉄道 八日市駅前から「ちょこっとバス(東近江市コミュニティバス)」 愛東線 北回りに乗車、「百済寺本坊前バス停」下車すぐ。

(撮影:平成24年11月28日)