長谷寺(ちょうこくじ)地蔵種子石塔婆

 長谷寺(ちょうこくじ)石塔婆群 (宮城県石巻市真野字萱原 2)

   地蔵種子を主尊とする石塔婆で、南北朝時代前期 康永三年(1344)の在銘。康永年頃から北朝の年号に替わっている。

長谷寺 地蔵種子石塔婆(南北朝時代前期 康永三年 1344年、粘板岩、高さ 102Cm 幅 33Cm 厚さ 10Cm)

石塔婆群、前から二列目に立つ。身部は、上方に地蔵種子、その下に法華経方便品に出る偈を区画線内に、下方は紀年銘を刻む。

刻銘:「康永三年(1344)十月十一日 敬白」

身部 上方

地蔵菩薩の種子「カ」を薬研彫する。

法華経 方便品に出る偈(げ)

偈(げ):「十方仏土中(じっぽうぶつどちゅう)、唯有一乗法(ゆいういちじょうほう)、無二亦無三(むにやくむさん)、除仏方便説(じょぶつほうべんせつ)

[ 十方の仏土の中には、ただ一乗の法のみあり、二もなく三もなし、仏の方便の説を除く ]

刻銘:「康永三年(1344)十月」

長谷寺(ちょうこくじ)一尊種子石塔婆

 長谷寺(ちょうこくじ)石塔婆群 (宮城県石巻市真野字萱原 2)

   種子「カン」を主尊とする石塔婆で、南北朝時代前期 興国三年(1342)の南朝年号がある。

 長谷寺 一尊種子石塔婆 (南北朝時代前期 興国三年 1342年、粘板岩、高さ 108Cm 幅 26Cm 厚さ 15Cm) 

参道横の石塔婆群、前から三列目に立つ。身部は、上方に種子「カン」、下方は南朝年号「興国三年(1342)」の紀年銘を刻む。

身部 上方

種子「カン」を刻む。

「石巻の歴史第八巻」は、本種子を通常の「金剛護」としながらも、「地蔵」として表現しているとしている。

当地では、「興国」年号を最後に南朝年号は使われなくなる。 刻銘:興国三年(1342)四月」

長谷寺(ちょうこくじ)阿弥陀種子石塔婆

 長谷寺(ちょうこくじ)石塔婆群 (宮城県石巻市真野字萱原 2)

   阿弥陀種子を主尊とする石塔婆で、南北朝時代前期 貞和四年(1348)の紀年銘がある。

長谷寺 阿弥陀種子石塔婆 (南北朝時代前期 貞和四年 1348年、粘板岩、高さ 166Cm 幅 40Cm 厚さ 13Cm)

参道横の石塔婆群、前から三列目に立つ。身部は、上方に種子「カン」、下方は南朝年号「興国三年(1342)」の紀年銘を刻む。

下方の刻銘は、中央に「貞和二二(四)(1348)十月日、口口、口口、両側に「右・・・・・・・、乃至法口平口利益也」と刻む。

身部 上方

阿弥陀如来の種子「キリーク」を薬研彫する。

刻銘:貞和二二(四)(1348)十月日

※ 長谷寺(ちょうこくじ)石塔婆群 一覧

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長谷寺(ちょうこくじ)観音堂

本尊は十一面観音(鎌倉~室町前期)で、牡鹿三十三観音 三十三番札所(おさめの札所)になっている。

 板碑(いたび)

*JR石巻線 陸前稲井駅から北東方向へ 約5.0Km。当地域は、地元住民を対象にした乗合タクシーがあるだけで、バスの便はない。

(撮影:平成26年4月13日)