慈恩院(じおんいん)(宮城県石巻市吉野1-3-15)
前列、向って左端の石塔婆で、主尊に阿弥陀種子「キリーク」を刻む。南北朝時代後期 至徳二年(1385)の在銘。
慈恩院(じおんいん)阿弥陀種子石塔婆 (南北朝時代後期 至徳二年 1385年、粘板岩、高さ 174Cm 幅 35Cm)
頭部は山形風。身部は、上方 蓮座上に阿弥陀種子、その下四行で梵字「光明真言」、下方に願文・紀年銘・造立者名を刻む。
石塔婆 上部
蓮座上月輪内に阿弥陀如来の種子「キリーク」を刻む。
光明真言 (梵字)
光明真言:「オン、ア、ボ、ギャ、ベイ、ロ」、「シャナ、マ、カーボ、ダラ」、「マ、ニ、ハンドマ、ジンバ、ラ」、「ハラ、バ、リタ、ヤ、ウーン、ダ」
石塔婆、下方の刻銘 (全文) | 刻銘:「七分全得」 |
刻銘は、中央に「至徳第二(1385)、乙丑、林鐘(六月)上旬孝子 敬白」、左右に「以来旨趣者相当妙法禅尼七分全得若然者頓●」、
「五禅室幽照口之月乃至法界平等利益故也」と刻む。(●は )
願文にある「七分全得」という言葉は、生前に自分の死後の為の供養(逆修)を積んでおくと、死後におけるすべての功徳は自分が得られる。
死後の追善は、死者が益を受けること極めて少なく、福を七分して、死者が一分を得られ、六分は供養した人が受ける。逆修の功徳は全得と説く。
慈恩院(じおんいん)(宮城県石巻市吉野1-3-15)
前列、向って左から二基目の石塔婆で、主尊に阿弥陀三尊種子を刻む。鎌倉時代後期 延慶三年(1310)の在銘。
慈恩院(じおんいん)阿弥陀三尊種子石塔婆 (鎌倉時代後期 延慶三年 1310年、粘板岩、高さ 130Cm 幅 32.5Cm)
身部は、上方に阿弥陀三尊種子、下方に願文と紀年銘を刻む。 | 石塔婆上方、阿弥陀三尊種子 |
阿弥陀三尊種子は、上方に大きく阿弥陀如来の種子「キリーク」、向って右下 に観音菩薩の種子「サ」、左に勢至菩薩の種子「サク」を刻む。
主尊の阿弥陀種子は蓮座で荘厳し、脇侍の観音・勢至の両種子は蓮座がない。主尊の蓮座は、南北朝の特長を持つ蓮実を刻んでいる。
石塔婆下方、刻銘 | 刻銘:「延慶三年(1310)四月」 |
刻銘は、中央に「延慶三年(1310)四月卅日」、左右に「右志者為過去聖霊」、「成仏得道乃至法界口」と刻む。
慈恩院(じおんいん)(宮城県石巻市吉野1-3-15)
前列、向って左から三基目の石塔婆で、鎌倉時代後期 の特長を持つ。残念ながら紀年銘はない。
慈恩院(じおいん)胎蔵界大日種子石塔婆 (推定:鎌倉時代後期、粘板岩、高さ 85Cm 幅 27Cm 厚さ 14Cm)
身部は、上方 蓮座上月輪内に胎蔵界大日種子「アーンク」、その下に四行で「観無量寿経疏」四巻に出る偈(げ)を刻む。紀年銘はなし。
石塔婆、上方
蓮座上月輪内に胎蔵界大日如来(五点具足)の種子「アーンク」を薬研彫する。
種子及び蓮座の形から、鎌倉時代後期の特長が伺える。
「アーンク」は、発心(命点)・修行・菩提(空点)・涅槃・方便究竟の五点を備える。
「観無量寿経疏」四巻に出る偈(げ)
偈(げ):「願以此功徳 (がんにしくどく)、平等施一切(びょうどうせいっさい)、 同発菩提心(どうほつぼだいしん)、 往生安楽国(おうじょうあんらくこく)」
[ 願わくばこの功徳をもって、あまねく一切に施し、同じく菩提心をおこして、安楽国に往生せん ]
慈恩院(じおんいん)(臨済宗妙心寺派)
石鳥居の奥に、石塔婆群がある。
*JR石巻線・仙石線 「石巻駅」下車、南東方向へ徒歩 約1.7Km。
(撮影:平成26年4月10日)