大智寺(だいちじ)十三重石塔

 大智寺(だいちじ)(京都府木津川市木津雲村42-1)

  西大寺 叡尊の高弟 慈真により開かれたと真言律宗西大寺派の寺院。橋柱寺(きょうちゅうじ)と称していたが寛文九年(1669)に大智寺と改められた。

大智寺(だいちじ)十三重石塔 (南北朝時代、花崗岩)

初層軸部、舟形を彫り沈め四方仏を半肉彫りする(西面、阿弥陀如来)
十三重石塔は、西面する本堂の前、右側に立っている 初層軸部、舟形を彫り沈め四方仏を半肉彫りする(北面)

初層軸部は、西・北面の二面が仏像を刻み、東・南面の二面は金剛界四仏の種子を刻む

初層・二層屋根

屋根は両端で反り、軒下に一重の垂木型をつくる

輪郭を取り月輪内に金剛界四仏の種子を刻む(東面、ウーン:阿閦如来)
輪郭を取り月輪内に金剛界四仏の種子を刻む(南面、タラーク:宝生如来) 現在位置より東南の場所にあって、倒壊していたものを復元した

基  礎

四面とも輪郭を巻き、内に格狭間をつくる

基 壇

切石の基壇上に、壇上積基壇を設ける

 大智寺(だいちじ)宝篋印塔

基礎(北面)、宝篋印陀羅尼経の種子「シッチリヤ」を刻む
大智寺宝篋印塔(江戸時代中期 享保二十年 1735年、花崗岩) 基礎(東面)、享保乙卯(二十)年の紀年銘を刻む

宝篋印塔の笠は開き、時代が下り江戸時代に入っていることを示す。小さな塔身は、四面に金剛界四仏の種子を刻んでいる。

大智寺 本堂

本尊の文殊菩薩坐像(鎌倉時代)と脇壇に安置する十一面観音立像(藤原時代中期)は重要文化財

 正覚寺(しょうがくじ)洪水供養阿弥陀石仏                      石仏と石塔-目次!

大智寺(だいちじ)

本堂・庫裏・鐘楼・表門で構成された伽藍は、江戸時代前期 寛文期のものが残り京都府登録有形文化財に指定されている

層塔紀年順  燈明寺(とうみょうじ)十三重石塔(南北朝時代)  石造層塔-紀年順-目次

*JR関西本線 「木津駅」下車、西北方向へ徒歩 約10分。

(撮影:平成22年10月22日)