満願寺(まんがんじ)(兵庫県川西市満願寺町7-1)
奈良時代、勝道上人により開基。多田源氏の祖、源満仲が当寺に帰依し歴代源氏一門の崇敬を集めた
満願寺九重石塔(重要文化財、鎌倉時代後期 正応六年 1293年、花崗岩、高さ 330Cm)
初層軸部、四方仏の種子が刻まれている(西面、キリーク:阿弥陀如来) | ||
九重石塔は、本堂の左側(西側)に立っている | 初層軸部、四方仏の種子が刻まれている(東面、バイ:薬師如来) |
この九重石塔の特徴は、初層軸部に刻まれている四方仏の種子が通常と異なり、胎蔵界大日(南)・阿弥陀(西)・阿閦(北)・薬師(東)となっている
屋 根
屋根の軒反は、鎌倉中期から強い軒反の後期へ移行過程にある。軒裏に一重の垂木型が刻出されている
初層、四方仏の種子が刻まれている(南面、アーン:胎蔵界大日如来) | 軸部に、比丘尼妙阿が正応六年(1293)に造立したとの刻銘がある |
初層軸部北面、中央に四方仏の種子(ウーン:阿閦如来)、両脇に刻銘が刻まれている
刻銘:「為二親得脱、比丘尼妙阿造立者也、正応六年(1293)癸巳三月日」
相輪頂部の竜車・宝珠は五輪塔の風・空輪で後補。正面に碑があり、もと奥院にあったものを寛文八年(1668)に現在地に移したとの銘文を刻む |
石 塔 基 礎
側面は粗仕上げで、四面とも無地
五輪塔群(市指定文化財、室町時代)
藤原仲光、美女丸、幸寿丸の墓と伝えられ、室町初期から後期にかけ、それぞれつくられた
満願寺山門(明治十四年 1881年)
仁王像(鎌倉時代末期)は旧 多田院にあったものを明治時代に当地に移した
満 願 寺 本 堂
江戸時代前期 慶安年間(1648~1651)の再建
層塔紀年順 | 光明坊(こうみょうぼう)十三重石塔(鎌倉時代後期) | 石造層塔-紀年順-目次 |
*阪急宝塚線「雲雀丘花屋敷」下車、阪急バス「愛宕ゴルフ場行き」乗車、「満願寺」下車、徒歩約 5分
(撮影:平成21年11月5日、平成19年6月23日)