超林寺(ちょうりんじ)阿弥陀種子板碑

 超林寺(ちょうりんじ)(千葉県成田市台方10)

   碑面に阿弥陀種子「キリーク」を刻む下総型板碑で、鎌倉時代後期 元亨二年(1322)の紀年銘がある。

超林寺(ちょうりんじ)阿弥陀一尊種子板碑(鎌倉時代後期 元亨二年 1322年、黒雲母片岩、高さ 155Cm 幅 87Cm)

本堂の前に平貞胤供養塔と並んで立っている。身部は、阿弥陀如来の種子「キリーク」と「元亨二年(1322)」の紀年銘を刻む。

板碑 頭部

頭部は山形に近い加工、二条線、身部の輪郭はない。

身部中央「阿弥陀如来」の種子「キリーク」を刻む。 板碑、背面

主尊の「キリーク」は、天蓋や蓮座で荘厳することも無く、そのまま刻まれている。

身部、下方

刻銘:「元亨二年(1322)、壬戌、二月十一日」

上記紀年銘があるとのことだが、磨滅したのか見当たらない。

超林寺 平貞胤(たいらのさだたね)供養碑

 超林寺(ちょうりんじ)(千葉県成田市台方10)

  平(千葉)貞胤は千葉氏第十一代当主で、観応二年(1351)一月一日に京にて死去。在郷の人々が供養の為建立した。

平貞胤(たいらのさだたね)供養碑(市指定文化財、南北朝時代前期 観応二年 1351年、黒雲母片岩、高さ 130Cm 幅 86Cm)

刻銘:「平貞胤、口口霊、口口口、口也」、「観応二年(1351)、辛卯、四月日、當郷諸人、各々敬白」

刻銘は、現在判読不明で、昭和初期の調査記録によるという。供養碑は、向って右が山形で、こちらが上であったのかもしれない。

二基並んで立つ下総型板碑

 東勝寺(とうしょうじ)阿弥陀種子板碑                        石仏と石塔-目次!

超林寺(ちょうりんじ)本堂(曹洞宗)

超林寺は千葉輔胤が、室町時代中期 文明年間(1469~87)に常陸国 大雄院五世 貴田周斎和尚を迎え開山した。

 板碑(いたび)

*京成本線 「宗吾参道駅」 下車、北方向へ 約2Km。

(撮影:平成25年3月11日)