金子家(かねこけ)阿弥陀三尊種子板碑(Ⅰ)(埼玉県朝霞市根岸台8丁目)
鎌倉幕府滅亡の約二ヶ月後、元弘三年(1333)七月に造立された板碑で、同形式・同年同月造立の板碑がもう一基ある。
金子家阿弥陀三尊種子板碑(鎌倉時代末期 元弘三年 1333年、緑泥片岩、高さ 108Cm 下幅 35Cm)
身部は上方に阿弥陀三尊の種子、下方中央に「元弘三年(1333)」の紀年銘、その両側に各二行 観無量寿経に出る偈(げ)を刻む。 |
阿弥陀三尊種子は、上方に阿弥陀如来の種子「キリーク」、向って右下 に観音菩薩の種子「サ」、左に勢至菩薩の種子「サク」を刻む。
三尊とも月輪はなく、主尊の阿弥陀種子「キリーク」のみ蓮華座上に刻まれている。
板碑 頭部
頭部 山形、下に二条線、身部は一重線の輪郭を巻く。
身部下方、紀年銘と観無量寿経に出る偈(げ) | 刻銘:「元弘三年(1333)、七月日」 |
身部下方は、中央に「元弘三年(1333)、七月日」、その両側に各二行「観無量寿経に出る偈(げ)」を刻む。
観無量寿経に出る偈(げ)
偈(げ):「光明遍照(こうみょうへんじょう)、十方世界(じっぽうせかい)、念佛衆生(ねんぶつしゅじょう)、摂取不捨(せっしゅふしゃ)」
[ 光明はあまねく十方世界を照らし、念仏の衆生をば摂取して捨てたまわず。]
向って左端の板碑、本板碑と双式 | 板碑は二分断し、修理が施されている。もう一基と双式。 |
上の二基は同形式、同じ鎌倉時代末期の元弘三年(1333)七月の紀年銘がある。尚、鎌倉幕府は、元弘三年(1333)五月二十二日に滅亡した。
板碑、根部
根部は、薄く突出する。
金子家(かねこけ)阿弥陀三尊種子板碑(Ⅱ) 石仏と石塔-目次!
板碑収蔵庫、四基の板碑
向って左から阿弥陀三尊種子板碑(Ⅱ)、不動曼荼羅板碑(Ⅰ)、不動曼荼羅板碑(Ⅱ)、阿弥陀三尊種子板碑(Ⅰ)
左右両端の阿弥陀三尊板碑は、二基とも元弘三年(1333)銘で双式、中央の不動曼荼羅板碑も二基とも正安三年(1301)銘で双式。
*東武東上線「朝霞駅」下車、北東方向へ徒歩 約18分。
(撮影:平成25年3月5日)