東大寺法華堂(ほっけどう)(三月堂)石燈籠(奈良市雑司町)
石灯籠は、宋より帰化した石大工 伊行末(いのゆきすえ) 晩年の作
東大寺法華堂(三月堂)石灯籠(重要文化財、鎌倉時代中期 建長六年 1254年、花崗岩、高さ 269Cm)
頂部の請花・宝珠は当初のもので、奈良石と呼ばれる軟質花崗岩 | ||
石燈籠は、法華堂(三月堂)の正面に立っている | 火袋は、火口二面、残り四面は壁面とする |
燈籠の基礎と竿は硬質の花崗岩を用い、それ以外は奈良石と呼ばれる軟質の花崗岩を使用している
笠は蕨手(わらびて)の一部を欠損するが、屋根の曲線もゆるやかで、ゆったりとしている
火袋の壁面四面は、上区二区横連子、中区は上半を竪連子とする壁面、下区は二区格狭間。この火袋の形が、三月堂型と呼ばれ手本とされた
竿はやや長めの円柱とし、上中下の三節で胴を引きしめる。竿の中節から上に、建長六年(1254)・伊派石大工 伊行末 作の銘がある |
中台は、上端に二段の請座を設け、側面は二区格狭間入りで、下端は単弁の蓮弁を刻出する
刻銘:「敬白、奉施入石燈炉一基、右志者為果宿願所、奉施入之状如件、建長六年甲寅十月十二日、伊権守行末」 |
竿の刻銘は、伊行末が宿願を果たし 建長六年(1254)に この石燈籠を奉施入したとある。伊行末は、六年後の正元二年(1260)に没している
基礎は、自然石上に八葉蓮華文を刻む
東大寺法華堂(三月堂)(国宝、天平時代、桁行五間・梁間八間、東大寺最古の建物)
寺伝では、天平五年(733)の建立とするが、天平十九年(747)頃の創建。仏像ファンおなじみの日光・月光菩薩(国宝)が安置されている
東大寺二月堂(国宝、江戸時代初期 寛文九年 1669年再建、本瓦葺)
平重衡の焼討ちから焼失を免れたが、寛文七年(1667)のお水取りで焼失、二年後の寛文九年(1669)に再建された
*近鉄・JR奈良駅前から奈良交通バス乗車、「大仏殿・国立博物館バス停」下車。
(撮影:平成19年8月5日、平成21年7月29日)