富沢(とみさわ)阿弥陀磨崖仏

 富沢(とみさわ)阿弥陀磨崖仏(宮城県柴田郡柴田町富沢字岩崎)

  鎌倉時代後期 嘉元四年(1306)の刻銘がある貴重な磨崖仏。

富沢 阿弥陀磨崖仏(県指定文化財、鎌倉時代後期 嘉元四年 1306年、凝灰岩、高さ 209Cm)

堂内に安置され、堂は施錠されている。丘陵の岩層を利用し、岩面を約一メートル彫りくぼめ定印を結ぶ阿弥陀如来坐像を厚肉彫りする

頭部 螺髪

螺髪は、粒が大きく、前から三段がやや高く彫られており、肉髻は目立たない。

お顔は、全体に角ばった形で、耳は長く、鼻はすわり、額には白毫が彫られ、埋込まれていた石は外れている。鎌倉後期、磨崖仏の大作

喉には三道(さんどう)が彫られている

像の向かって右壁面に「嘉元二二(四)(1306)丙午卯月二日、為父、檀那、恵一坊、籐五良」の刻銘がある

上右は、紀年銘の拡大写真。左側の壁面には、「南無阿弥陀仏」の刻銘がある。亡き父の供養の為、恵一房 籐五良が造立した。

阿弥陀 磨崖仏 下部

衲衣は大まかに表現され、膝の下半分は床板から下に隠れている

  如意輪観音(にょいりんかんのん)磨崖仏

阿弥陀 仏堂に向かって左側に約20m位行くと、簡単な屋根がかけてあり、岩肌を彫りくぼめ如意輪観音(鎌倉時代後期)が刻まれている

  富沢(とみさわ)六地蔵坐像

富沢(とみさわ)六地蔵坐像 (鎌倉時代後期 徳治二年 1307年)

六地蔵の向かって右側三体

阿弥陀仏堂の向かって左側、岩面掘り込んだ石龕の中に六地蔵が安置され、徳治二年(1307)の銘があるという

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富沢(とみさわ)磨崖仏の仏堂

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*JR東北線「槻木駅」下車、北方向へ徒歩 約42分。

(撮影:平成22年11月14日)