地蔵堂(じぞうどう)石塔婆群(1)

 地蔵堂(じぞうどう)(宮城県仙台市宮城野区岩切字入山48)

  東光寺の東 約100m、小さな地蔵堂の内・外に中世の石塔婆が七基ある。内三基に鎌倉時代後期の紀年銘がある。

地蔵堂(じぞうどう)境内の石塔婆群 (鎌倉時代後期)

境内には鎌倉時代後期 永仁二年(1294)銘二基を含む中世石塔婆が五基ある。

地蔵堂 (じぞうどう)

堂の中は、子供の夜泣き封じに御利益があるという地蔵像と紀年銘のない胎蔵界大日種子石塔婆を祀っている。

石塔婆は「東海行人権大僧都明照院」の墓碑として再利用され、江戸時代中期 享保十二年(1727)の紀年銘を右側面に刻んでいる。

地蔵堂(じぞうどう)大日三尊種子石塔婆(仙台市史 No:B3-2)

 地蔵堂(じぞうどう)(宮城県仙台市宮城野区岩切字入山48)

   主尊に胎蔵界大日種子、脇侍に観音・勢至の両種子を刻む珍しい石塔婆で、紀年銘はないが鎌倉時代後期の作品と思われる。

大日三尊種子石塔婆(中央)(推定:鎌倉時代後期、井内石:粘板岩、高さ 110.5Cm 幅 40.5Cm 厚さ 12Cm)

境内に立つ石塔婆群の前列中央に立つ。碑面上部に胎蔵界大日を主尊とし、観音・勢至の両種子を脇侍とする大日三尊種子を薬研彫する。

阿弥陀如来の脇侍が、大日(胎)の脇侍として刻まれている。 身部上方、大日三尊種子。(ア、サ・サク)

三尊種子は、上方に大きく胎蔵界大日種子「ア」、向って右下 に観音種子「サ」、左に勢至種子「サク」を刻む。

地蔵堂(じぞうどう)胎蔵界大日種子石塔婆(仙台市史 No:B3-3)

 地蔵堂(じぞうどう)(宮城県仙台市宮城野区岩切字入山48)

  上方を大きく剥落するが胎蔵界大日種子「ア」を主尊とする結衆石塔婆で、鎌倉時代後期 永仁二年(1294)の紀年銘がある。

胎蔵界大日種子石塔婆 (鎌倉時代後期 永仁二年 1294年、花崗質砂岩、高さ 113.4Cm 幅 77.8Cm 厚さ 11.4Cm)

石塔婆群前列、向って右端に立つ。石面上部は大きく剥落し胎蔵界大日種子「ア」の部分を残す。下方に願文と願主、紀年銘を刻む。

刻銘:永仁二年(1294) 上方、右側に胎蔵界大日如来の種子「ア」の部分が残る。

石塔婆 下方

右側三行に願文、中央に紀年銘、左側四行に複数の願主名を刻む結衆石塔婆。

刻銘:「右志者為過去面々、幽霊往生極楽法、界衆生平等利益也、

永仁二年(1294)二月彼岸、口大夫二郎 口口二郎、・・郎三郎大夫二郎、・・・・二郎、口主敬白」

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地蔵堂境内の石塔婆群

 板碑(いたび)

*東北本線「岩切駅」下車、北西方向へ徒歩 約18分。

(撮影:平成25年10月11日、平成26年4月9日)