寺崎(てらさき)金剛界曼荼羅石塔婆

 寺崎(てらさき)石塔婆群 (宮城県石巻市大瓜字寺崎)

   寺崎石塔婆群のシンボル的石塔婆で、高さが4メートルもある。南北朝時代前期 貞和四年(1348)の在銘。

 寺崎 金剛界曼荼羅石塔婆 (南北朝時代前期 貞和四年 1348年、粘板岩、高さ 400Cm 幅 110Cm 厚さ 6Cm) 
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頭部はアーチ型。身部は、上方に金剛界曼荼羅の成身会を種子で表し、下方は造立趣旨と紀年銘を刻む。

石塔婆は、高さ 四メートル、幅 1メートルの超大型であるが、厚さが 6センチと薄く、そのせいか種子や造立趣旨の刻銘が浅い。

全国的にも南北朝時代に入って、鎌倉時代の雄渾な彫りから、繊細な彫りに変わっていく。そのせいかも知れない。

金剛界曼荼羅成身会、中心の五仏(金剛界五仏)

阿弥陀如来の種子「キリーク」
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宝生如来の種子「タラーク」 金剛界大日如来の種子「バン」 不空成就如来の種子「アク」 
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阿閦(あしゅく)如来の種子「ウーン」

中央に金剛界大日如来、上下左右に金剛界四仏を同じ大きさで刻む。方向は、上方が西で向かって右が北。

身部下方、刻銘(全文) 刻銘:「貞和二々(四)(1348)

刻銘は中央に「貞和二々(四)(1348)二月日」その両側に「善妙幽霊乃至法界、衆生平等利益」と刻む。

亡き「善妙」の追善供養のため、南北朝時代前期 貞和四年(1348)に造立された。「善妙」は、有力な人物と思われる。

寺崎(てらさき)地蔵種子石塔婆

 寺崎(てらさき)石塔婆群 (宮城県石巻市大瓜字寺崎)

   三十五日忌の為、造立された石塔婆で、その本尊 地蔵種子を刻んでいる。南北朝時代中期 応安元年(1368)の紀年銘がある。

  寺崎(てらさき)地蔵種子石塔婆 (南北朝時代中期 応安元年 1368年、粘板岩、高さ 56Cm 幅 25Cm 厚さ 3.5Cm)

石塔婆は、種子上部まで欠損。身部は、上方に地蔵種子、その下に法華経方便品に出る偈、下方に造立趣旨と紀年銘を刻む。

身部上方、種子「カ」

種子は、上方を欠損する。残部から地蔵菩薩の種子「カ」と推定できる。

法華経 方便品に出る偈(げ)

偈(げ):「十方仏土中(じっぽうぶつどちゅう)、唯有一乗法(ゆいういちじょうほう)、無二亦無三(むにやくむさん)、除仏方便説(じょぶつほうべんせつ)

[ 十方の仏土の中には、ただ一乗の法のみあり、二もなく三もなし、仏の方便の説を除く ]

石塔婆 下方、刻銘

刻銘は中央に「應安元年(1368)、戊申、十一月卅日、孝子、敬白」

その両側に「右意趣者為妙覚卅五日、往生極楽平等利益故也」と刻む。

「妙覚」 五七日(三十五日)忌の為、南北朝時代中期 応安元年(1368)十一月三十日に、子等が本碑を造立した。

刻銘:應安元年(1368)、戊申、十一月 五七日(三十五日)忌の本尊 地蔵種子「カ」を刻んでいる。

※ 寺崎石塔婆群(てらさきいしとうばぐん) 時代順一覧

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寺崎(てらさき)石塔婆群

本石塔婆群のシンボルとして、貞和四年(1348)銘 金剛界曼荼羅石塔婆が、後方に立っている。

 板碑(いたび)

*JR石巻駅から北東方向へ 約3.7Km。石巻駅前のレンタカーの店で、自転車を借りるのが便利。住所でいえば、石巻市大瓜字寺崎90くらいの所で、道路沿いに立っている。当地域は、地元住民を対象にした乗合タクシーがあるだけで、バスの便はない。

(撮影:平成26年4月12日)