高木(たかぎ)観音堂観音種子石塔婆

 高木観音堂(たかぎかんのんどう)石塔婆群 (宮城県石巻市高木字竹下)

   百日忌に造立された石塔婆で、その本尊 観音種子を刻む。室町時代中期 文明十年(1478)の在銘。

高木(たかぎ)観音堂 観音種子石塔婆 (室町時代中期 文明十年 1478年、高さ 55Cm 幅 15Cm 厚さ 5Cm)

最前列に立つ。身部は、上方に観音種子「サ」、その下に中堂薬叉供に出る偈(げ)、下方は造立趣旨と紀年銘を刻む。

身部 上方

百日忌の本尊 観音菩薩の種子「サ」を薬研彫する。

偈(げ)

偈(げ):「三世常住(さんぜじょうじゅう)、大日如来(だいにちにょらい)

三世(前世・現世・来世)に住みたもう大日如来がおわします。 ]

※ 出典は、「『覚禅鈔』などによれば、『中堂薬叉供』という」(「石仏偈頌辞典」:加藤政久 編著)

石塔婆の刻銘

刻銘:文明十年(1478)、戊戌、八月

刻銘は中央に「夫以    孝子敬白」向って右に「相当妙金大姉百ケ日・・」

「文明十年(1478)、戊戌、八月十四日」と刻む。

妙金大姉 百日忌の石塔婆で、室町時代中期 文明十年(1478)八月十四日に造立された。

高木(たかぎ)観音堂阿弥陀種子石塔婆

 高木観音堂(たかぎかんのんどう)石塔婆群 (宮城県石巻市高木字竹下)

   阿弥陀種子「キリーク」を主尊とする石塔婆で、室町時代中期 文明七年(1475)の紀年銘がある。

高木観音堂 阿弥陀種子石塔婆(室町時代中期 文明七年 1475年、粘板岩、高さ 52Cm 幅 25Cm 厚さ 7Cm)

前から二列目に立つ。身部は、上方に阿弥陀種子「キリーク」、その下に梵字光明真言、下方は造立趣旨と紀年銘を刻む。

身部 上方

阿弥陀如来の種子「キリーク」を薬研彫する。

「キリーク」は、三年忌の本尊。

光明真言 (梵字)

阿弥陀種子の下に四行で刻まれている。

光明真言:「オン、ア、ボ、ギャ、ベイ、ロ」、「シャナ、マ、カーボ、ダラ」、「マ、ニ、ハンドマ、ジンバ、ラ」、「ハラ、バ、リタ、ヤ、ウーン、ダ」

石塔婆の刻銘

刻銘は向って右に「為全口口」、左に「文明七年(1475)、乙未と刻む。

刻銘:「文明七年(1475)、乙未

高木(たかぎ)観音堂金剛界大日種子石塔婆

 高木観音堂(たかぎかんのんどう)石塔婆群 (宮城県石巻市高木字竹下)

   道順禅門の追善碑。室町時代中期 文明十二年(1480)の紀年銘がある。

高木観音堂 金剛界大日種子石塔婆(室町時代中期 文明十二年 1480年、粘板岩、高さ 66Cm 幅 15Cm 厚さ 6Cm)

最前列に立つ。身部は、上方に金剛界大日種子「バン」、その下に無量寿経に出る偈(げ)、下方は造立趣旨と紀年銘を刻む。

身部 上方

金剛界大日如来の種子「バン」を薬研彫する。

身部下方、無量寿経に出る偈(げ)

偈(げ):「五(其)仏本願力(ごぶつほんがんりき)、聞名欲往生(もんみょうよくおうじょう)、皆悉到彼国(かいしつとうひこく)、自致不退転(じちふたいてん)

[ その仏(阿弥陀如来)の本願力により、名を聞いて往生せんと欲すれば、皆ことごとく彼の国(極楽)に到りて、おのずから不退転に致らん。 ]

※ 一句目の「其仏本願力」が「五仏本願力」となっている。

石塔婆の刻銘

刻銘は、中央に「道順禅門口也」左右に「文明十二年(1480)、庚子「二月八日孝・・」と刻む。

※ 高木観音堂(たかぎかんのんどう)石塔婆群 一覧

 高木(たかぎ)観音堂 勢至種子石塔婆                     石仏と石塔-目次!

刻銘:「文明十二年(1480)、庚子

 板碑(いたび)

*JR石巻駅から北東方向へ 約7.7Km。石巻駅前のレンタカーの店で、自転車を借りるのが便利。

(撮影:平成26年4月13日)