高木(たかぎ)観音堂制叱迦種子石塔婆

 高木観音堂(たかぎかんのんどう)石塔婆群 (宮城県石巻市高木字竹下)

   高木観音堂石塔婆群を代表する二基の大型石塔婆で、本石塔婆は鎌倉時代後期 正安三年(1301)の紀年銘がある。

 高木観音堂 制叱迦種子石塔婆(向って右)(鎌倉時代後期 正安三年 1301年、粘板岩、高さ 312Cm 幅 40Cm 厚さ 20Cm)

石塔婆は、上方に制叱迦(せいたか)種子「セイタカ」、下方に大日如来の三摩耶形として造立したとの趣旨と紀年銘を刻む。

身部 上方

制叱迦童子の種子「セイタカ」を刻む。

制叱迦(せいたか)童子は、不動明王の脇侍として、矜羯羅(こんがら)童子と一対に刻まれることが多い。

石塔婆、上部

石塔婆、下部の刻銘

下部の刻銘は向って右から「夫以卒都婆者大日如来之三广摩)耶形見者成仏之、直道也是以造立石塔婆而経救芳縁之廿一日、

提而已 干時 正安三年(1301、辛丑、大口、十一月八日、敬白」と刻む。

大日如来の三摩耶形(諸尊の本願を表すもの)として、本石塔婆が造立された。良き縁と刻まれた二十一日は、弘法大師の縁日ことか?。

刻銘:「正安三年(1301)、辛丑、大口、十一月 卒都婆者大日如来之三广摩)耶形

正安三年(1301)年号は、本石塔婆群 約90基の内、永仁四年(1296)についで古い。

高木観音堂と向って右下に立つ石塔婆二基

この二基の大型石塔婆は、原位置を保っていると推定されている。

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高木観音堂(かんのんどう)石塔婆群

鎌倉時代後期 永仁四年(1296)を最古として、南北朝を経て、室町時代中期 長享二年(1488)までの石塔婆が約90基立つ。

 板碑(いたび)

*JR石巻駅から北東方向へ 約7.7Km。石巻駅前のレンタカーの店で、自転車を借りるのが便利。

(撮影:平成26年4月13日)