多福院(たふくいん)阿弥陀三尊種子石塔婆

 多福院(たふくいん)本堂脇石塔婆群 (宮城県石巻市吉野町1-4-9)

   阿弥陀三尊種子を刻んだ大型の石塔婆で、南北朝時代の終わり明徳三年(1392)の紀年銘がある。

多福院 阿弥陀三尊種子石塔婆(中央)(市指定文化財、南北朝時代後期 明徳三年 1392年、粘板岩、高さ 247Cm 幅 42.5Cm)

身部は、上方に阿弥陀三尊種子、その下 四行で梵字「光明真言」、下方は三行で願文及び造立者・紀年銘を刻む。

碑面上方、阿弥陀三尊種子

三尊種子は、上方に大きく阿弥陀如来の種子「キリーク」、向って右下 に観音菩薩の種子「サ」、左に勢至菩薩の種子「サク」を蓮座上に刻む。

三尊を各々荘厳する蓮座は、南北朝の特長を持つ蓮実を刻んでいる。

光明真言 (梵字)

阿弥陀三尊種子の下に四行で刻まれている。

光明真言:「オン、ア、ボ、ギャ、ベイ、ロ」、「シャナ、マ、カーボ、ダラ」、「マ、ニ、ハンドマ、ジンバ、ラ」、「ハラ、バ、リタ、ヤ、ウーン、ダ」

石塔婆 下部、刻銘 (全文) 刻銘:「明徳三年(1392)、壬申、三月

石塔婆 下部の刻銘は、中央に「干時 明徳三年(1392)、壬申、三月廿八日当寺第五持小比丘明尊敬白」の紀年銘と造立者名、

左右に「口来旨趣為自身七分全得兼合生父母兄弟幷七世四恩諸先師諸同法」、

朋友親眤貴師諸且越供給奴婢等一切含霊有縁無縁平等利益故也」と刻んでいる。

逆修供養により自身の「七分全得」を得、兼ねて父母兄弟、並びに諸先師、朋友、などなど奴婢を含め有縁無縁の一切が功徳をうけるよう願って造立されたと思われる。

願文に見られる「七分全得」の文字

願文にある「七分全得」という言葉は、生前に自分の死後の為の供養(逆修)を積んでおくと、死後におけるすべての功徳は自分が得られる。

死後の追善は、死者が益を受けること極めて少なく、福を七分して、死者が一分を得られ、六分は供養した人が受ける。逆修の功徳は全得と説く。

多福院(たふくいん)二尊種子石塔婆

 多福院(たふくいん)本堂脇石塔婆群 (宮城県石巻市吉野町1-4-9)

   「三十五日忌(五七日忌)」(本地仏:地蔵)に造立された石塔婆で、地蔵種子「カ」と阿弥陀種子「キリーク」を刻んでいる。

多福院 二尊種子石塔婆(市指定文化財、南北朝時代中期 応安三年 1370年、粘板岩、高さ 111.5Cm 幅 36.5Cm)

上方、阿弥陀種子「キリーク」と地蔵種子「カ」を刻む。 身部は、上方に二尊種子、下方に願文と紀年銘を刻む。

「三十五日忌(五七日忌)の本尊「地蔵菩薩種子「カ」が刻まれている。

石塔婆 下部、刻銘 (全文) 刻銘:「応安三年(1370)八月四日、敬白

石塔婆 下部の刻銘は、中央に「応安三年(1370)八月四日、敬白の紀年銘、

その両側に「右意趣者為相当過去聖霊、三十五日忌辰乃至法界平等利益也」と刻んでいる。

※ 多福院と慈恩院の石塔婆(当HP,掲載分) 時代別一覧

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多福院(たふくいん)本堂脇 石塔婆群

 板碑(いたび)

*JR石巻線・仙石線 「石巻駅」下車、南東方向へ徒歩 約1.6Km。

(撮影:平成26年4月10日)