倉ノ迫(くらのはざま)観音種子石塔婆

 倉ノ迫(くらのはざま)石塔婆群(宮城県石巻市東福田字小枝)

   観音菩薩の種子「サ」を主尊とする石塔婆で、南北朝時代後期 永徳三年(1383)の紀年銘がある。

倉ノ迫 観音種子石塔婆 (南北朝時代後期 永徳三年 1383年、粘板岩、高さ 99Cm 幅 35Cm 厚さ 5Cm)

石塔婆は、上方に観音種子[サ」、その下に四句の偈(げ)、下方は永徳三年(1383)の紀年銘を刻む。

身部 上方

観音菩薩の種子「サ」を薬研彫する。

偈(げ)(出典:未詳)

偈(げ):「極楽不遠(ごくらくふおん)、眼前境界(げんぜんきょうかい)、弥陀在近(みだざいごん)、我性心蓮(がしょうしんれん)

[ 極楽は遠くにあるのではなく、眼前の世界にある。阿弥陀も、また近くにいる。これは、すべて我が清淨な心によるのである。]

身部 下方、刻銘

刻銘は中央に「永徳三年(1383)、癸亥、十月、施主、敬白」と刻む。

倉ノ迫(くらのはざま)地蔵種子石塔婆

 倉ノ迫(くらのはざま)石塔婆群(宮城県石巻市東福田字小枝)

   地蔵菩薩の種子「カ」を主尊とする石塔婆で、亡き母十三年忌に造立された。南朝年号 興国三年(1342)の在銘。

倉ノ迫 地蔵種子石塔婆 (南北朝時代前期 興国三年 1342年、粘板岩、高さ 67Cm 幅 22Cm 厚さ 12Cm)

石塔婆は、上方に地蔵種子[カ」、下方に十三年忌の造立趣旨と紀年銘を刻む。

下方の刻銘は中央に興国三(1342) 二月日、敬白左右に「右志者為悲母、十三年法界・・・・・・」と刻む。

身部 上方

地蔵菩薩の種子「カ」を薬研彫する。

十三仏忌日供養が定型化する室町時代前期には、十三年忌は大日如来があてられる。

倉ノ迫金剛界大日種子石塔婆

 倉ノ迫(くらのはざま)石塔婆群(宮城県石巻市東福田字小枝)

倉ノ迫(くらのはざま)金剛界大日種子石塔婆 (推定:鎌倉時代後期、粘板岩、高さ 110Cm 幅 48Cm 厚さ 13Cm)

石塔婆は中央に金剛界大日如来の種子「バン」を刻み、下方には なにも刻まれていない

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倉ノ迫(くらのはざま)石塔婆群 (部分)

向かって左端は、永徳三年(1383)銘 観音種子石塔婆。

 倉ノ迫(くらのはざま)線刻五輪塔石塔婆                    石仏と石塔-目次!

倉ノ迫(くらのはざま)石塔婆群

バス待合所の裏側に近世の石塔婆、一段高い場所に中世の石塔婆が安置されている。

 板碑(いたび)

*JR石巻駅からミヤコ―バス石巻専修大学線 飯野川行きに乗車、「倉の迫バス停」下車、すぐ。石巻駅前のレンタカーの店で、自転車を借りるのが便利。

(撮影:平成26年4月12日)