北境(きたざかい)不動種子石塔婆

 北境(きたざかい)石塔婆群 (宮城県石巻市北境字舘)

   舘(たて)法華堂にある石塔婆群で一番古い石塔婆。鎌倉時代中期 弘安三年(1280)の紀年銘がある。

北境(きたざかい)不動種子石塔婆(鎌倉時代中期 弘安三年 1280年、粘板岩、高さ 153Cm 幅 36Cm 厚さ 16Cm)
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法華堂への登り口、石段の横に立つ。身部は、上方に不動種子「カーン」、下方に「弘安三年(1280)」の紀年銘を刻む。

身部 上方

不動明王の種子「カーン」を薬研彫する。

身部 下方

刻銘:「弘安三年(1280)十二月三日」

北境(きたざかい)阿弥陀種子石塔婆

 北境(きたざかい)石塔婆群 (宮城県石巻市北境字舘)

   阿弥陀如来の種子「キリーク」を主尊とする石塔婆で、南北朝時代前期 貞和四年(1348)の紀年銘がある。

北境 阿弥陀種子石塔婆 (南北朝時代前期 貞和四年 1348年、粘板岩、高さ 103Cm 幅 44Cm 厚さ 5Cm) 

法華堂の境内に立っている。身部は、上方に阿弥陀種子「キリーク」、下方に造立趣旨と紀年銘を刻む。

身部 上方

阿弥陀如来の種子「キリーク」を刻む。

石塔婆 下部

刻銘は上方に「光明真言」、その下中央に「貞和四年(1348)口・・」左右に「志者為慈父・・・、年乃至・・・・・・」と刻む。

亡き父の追善供養として道立されたものと思われる。尚、刻銘部の下方が埋没しており、風化・摩耗も進んでいる。

光明真言:「オン、ア、ボ、ギャ、ベイ、ロ」「シャ、ナ、マ、カー、ボ、ダラ」 「マ、ニ、ハン、ドマ、ジンバ、ラ」「ハラ、バ、リタ、ヤ、ウーン」

北境(きたざかい)阿弥陀三尊種子石塔婆

 北境(きたざかい)石塔婆群 (宮城県石巻市北境字舘)

   如阿禅尼の逆修碑で、南北朝時代後期 永和四年(1378)の紀年銘がある。

北境 阿弥陀三尊種子石塔婆(南北朝時代後期 永和四年 1378年、粘板岩、高さ 85Cm 幅 27Cm 厚さ 6Cm)

石塔婆は、中尊 阿弥陀種子の下部を残し、上部を欠失する。中尊の下に観音・勢至の種子、下方に如阿禅尼逆修の願文と紀年銘を刻む。

下方の刻銘は中央に「右志者為 永和二二(四)(1378)六月十五日、孝子ホ(等)、敬白」

向って右側に「如阿禅尼七分全得為」、左側に「乃至法界平ホ(等)利益故也」と刻む。

願文にある「七分全得」という言葉は、生前に自分の死後の為の供養(逆修)を積んでおくと、死後におけるすべての功徳は自分が得られる。

死後の追善は、死者が益を受けること極めて少なく、福を七分して、死者が一分を得られ、六分は供養した人が受ける。逆修の功徳は全得と説く。

身部 上方 、三尊種子

中尊の阿弥陀種子「キリーク」は上部を欠く。脇侍は、向って右下 に観音種子「サ」、左に勢至種子「サク」を刻む。

 北境(きたざかい)勢至種子石塔婆                        石仏と石塔-目次!

北境(きたざかい)石塔婆群 (法華堂下、石段部分)

法華堂は、3.3Cmもある七字題目石塔婆(嘉暦二年銘、1327年)を本尊にしている。

 板碑(いたび)

*JR石巻駅からミヤコ―バス石巻専修大学線 飯野川行きに乗車、「北境バス停」下車、すぐ。石巻駅前のレンタカーの店で、自転車を借りるのが便利。

(撮影:平成26年4月12日)