大蔵墓地(おおくらぼち)の板碑と小石仏

 大蔵墓地(おおくらぼち)の板碑と小石仏(京都府木津川市加茂町北下手)

 大蔵墓地(おおくらぼち)十三仏種子板碑

  この十三仏種子板碑は、大蔵墓地の入口にたち、種子(梵字)で十三仏を表示する。死者儀礼の本尊とされる。

大蔵墓地(おおくらぼち)十三仏種子板碑(室町時代後期、永禄六年 1563年、高さ 119Cm)

上面を枠取りし、蓮華座上月輪内に十三仏の種子を刻む。頂部に虚空蔵菩薩の種子、その下 三列四段に残り十二仏の種子を刻む。

三列四段の種子は、下から一段目が右から不動・釈迦・文殊、二段目右から弥勒・地蔵・普賢、三段目右から薬師・観音・勢至、四段目右から大日・阿閦・阿弥陀

で、通常の配列と異なり下から二段目、四段目の右端と左端が入れ替わる。これは、下から一段目右端の不動から左へ続き、一段目が終われば、ジグザグに続

上段の上へ 続き、右の種子へと続く。同様に行が終われば、上段の上の種子へと続いている。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

十三仏は、死者の追善供養のために初七日(不動)、二七日(釈迦)、三七日(文殊)、四七日(普賢)、五七日(地蔵)、六七日(弥勒)、七七日(薬師)

、百ヶ日(観音)、一周忌(勢至)、三回忌(阿弥陀)、七回忌(阿閦)、十三回忌(大日)、三十三回忌(虚空蔵)の十三仏事にわりあてられた仏・菩薩をいう。

板碑 下面

結縁者二十名の名前と「永禄六年(1563)十月十三日」の紀年銘が刻まれている

 大蔵墓地(おおくらぼち)阿弥陀坐像板碑

大蔵墓地(おおくらぼち)阿弥陀坐像板碑(桃山時代末期 慶長十五年 1610年、高さ127Cm)

板碑、上面中央に蓮華座上の坐す定印阿弥陀如来を薄肉に陽刻する。下面には、結縁者名と慶長十五年(1610)の紀年銘を刻む

板碑に陽刻された像高41Cmの定印阿弥陀坐像

板碑 下面

結縁者名と桃山時代最末期 慶長十五年(1615)の紀年銘を刻む

 大蔵墓地(おおくらぼち)六字名号板碑

大蔵墓地(おおくらぼち)六字名号板碑 (江戸時代前期 寛文十三年 1673年、高さ 102Cm)

大蔵墓地(おおくらぼち)双仏石

寄棟造の笠を持つ双仏石で、蓮華座上に二体の地蔵立像を半肉彫りする

地蔵石仏(墓地入口) 地蔵石仏(墓地中央)

 大蔵墓地(おおくらぼち)五輪塔と瀬谷不動                     石仏と石塔-目次!

大蔵墓地六地蔵石仏(江戸時代 宝永七年 1710年、花崗岩、高さ 94Cm)

墓地の入口に双仏石・阿弥陀板碑・十三仏種子板碑と共に並んで安置されている

 板碑(いたび)

*JR加茂駅より、<加茂山の家行き>のバス乗車、「下手口」下車 徒歩。

(撮影:平成19年6月3日、平成22年9月10日)