森八幡宮(もりはちまんぐう)線刻毘沙門天

 森八幡宮線刻毘沙門天(京都府木津川市加茂町森ダラニ田)

  森八幡宮は、社伝によれば天平十二年(740)聖武天皇が山城 恭仁京への遷宮のとき勧請されたと伝える。

森八幡宮(もりはちまんぐう)線刻毘沙門天(府指定文化財、鎌倉時代後期、砂岩、像高 100Cm)

岩面を薄く彫り沈め、右手を高く上げ戟の柄を持ち、左手は宝塔を捧げ持つ毘沙門天を線刻する。宝塔の横に「武内之本地」と刻む

中世、八幡神の本地仏は弥勒菩薩とされ、その眷属 武内神の本地仏は毘沙門天とされた

毘沙門天 甲冑

甲冑の上に羽織った着衣が、ゆったりと広がり立体感を出している

毘沙門天は身体をやや左に曲げ、頭部の光背は火焔付円光とする。もう一体の不動明王像に、鎌倉時代後期 正中三年(1326)の刻銘がある

毘沙門天像 下半部

石橋石碑(鎌倉時代中期 寛元三年 1245年、花崗岩 石橋供養塔(江戸時代後期 弘化四年 1847年

石橋石碑は境内にあり、寛元三年(1245)の年号は当尾(とうの)地域石造物最古の年号。供養塔は、石橋を渡った石段横に立っている。

石橋石碑の銘文:「当社八幡宮御宝前之石橋、以平邦成次刀弥之功建畢、寛元三年(1245)乙巳三月日橋大工紀富久

森八幡宮線刻不動明王・毘沙門天

向かって左:不動明王、右:毘沙門天、府指定文化財、鎌倉時代後期 正中三年 1326年

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森八幡宮 (もりはちまんぐう)

実際の造立は、石橋の石碑に刻まれている鎌倉時代中期の寛元三年(1245)頃と見られている

 石  仏-紀年順-目次

*JR加茂駅東口より木津川市コミュニティバス 大畑線に乗車、「森バス停」下車 徒歩。

(撮影:平成19年6月3日、平成22年9月10日)