来迎寺跡(らいごうじあと)墓塔群(鹿児島県いちき串木野市大里1197)
島津氏初代 忠久の母との伝説がある丹後局、その墓と伝える長足の層塔で鎌倉時代中期 文永十二年(1275)の紀年銘がある。
伝:丹後局(たんごのつぼね)層塔 (市指定史跡、鎌倉時代中期 文永十二年 1275年、凝灰岩、高さ 243m)
県文の市来氏歴代墓群と市文の墓塔群の中間地に立つ。石塔は、現状三層で、初層軸部は縦に長く特長のある姿を見せている。 |
頂部、宝珠・請花
宝珠と請花は、大きさ的にも違和感があり、後補とみられる。
初層軸部、正面 | 初層軸部、向かって左面 |
長足の初層軸部は、柱頭と下端の根部を残し、上部四隅に突出飾りを刻出し、以下を面取りにする。また、四面には二尊及び三尊種子を刻む。
正面の種子は、上から胎蔵界大日如来の種子「ア」、不動明王の種子「カーンマーン」の二尊。
向かって左面の種子は上から、胎蔵界大日如来の種子「ア」、愛染明王の種子「ウーン」の二尊。
三層 屋根
三層屋根は、初層・二層と逓減が合わず、造りも細部がやや異なる為、本来のものかどうかは不明。
初層軸部、背面 | 初層軸部、向かって右面 |
背面の種子は、上から種子「アク」、下は不動明王にも見えるが種子不明。
向かって右面は、上方に阿弥陀の種子「キリーク」、向って右下 に観音種子「サ」、左に勢至種子「サク」を刻み阿弥陀三尊とする。
また、右面の下方に「文永十二年(1275)四月廿二日」の紀年銘がある。
初層 屋根
塔身を受ける底面は井桁、軒は薄く両端で反り、隅木も細かく表現する。
阿弥陀三尊種子(向かって右面) | 刻銘:「文永十二年(1275)四月廿二日」 |
初層根部と基礎
来迎寺跡(らいごうじあと)五重石塔・二基 石仏と石塔-目次!
石 柵 (江戸時代後期)
江戸時代後期 「天保子秋八月」の銘がみえる。
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*JR鹿児島本線 湯之元駅下車、西北西方向に徒歩 約40分。
(撮影:平成26年5月27日)