定善寺大永六年銘題目板碑(北壇 南向き、東から3基目)

 定善寺(じょうぜんじ)(宮崎県日向市大字財光寺7295)

   法華経 化城喩品に出る偈(げ)と六行の造立趣旨を刻む板碑で、 室町時代後期 大永六年(1526)の紀年銘がある。

  定善寺(じょうぜんじ)題目板碑 (室町時代後期 大永六年 1526年、凝灰岩、高さ 123.6Cm )  
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北壇南向き、東から三基目。中央に七字題目、その両側に法華経 化城喩品に出る偈、下方に造立趣旨と紀年銘を六行で刻む。

板碑、頭部

頭部山形、下に二条の切込、額部は中央に日輪を刻み、突出する。額部の高さは19.4Cmと長い。

板碑、身部 刻銘:「大永六年、甲戌、二月十二日」

身部の刻銘は、中央に「南無妙法蓮華経」の七字題目、その両側に法華経 化城喩品に出る偈(げ)「能開甘露門」・

「廣度於衆生」、下方は向って右側から「右意趣者本化沙門、日快逆修之菩提奉口、御金言者本門寿量之、

真文也如此依功徳現当、二世之祈願成就無礙、者也 永正六年(1526)、甲戌、二月十二日」、

その下、横書きで「敬白」、と刻まれている。

永正六年の干支は、正しくは丙戌だが甲戌となっており、間違って刻まれている。

板碑、下方

刻銘:「右意趣者本化沙門、日快逆修之菩提奉口、御金言者本門寿量之、真文也如此依功徳現当、

二世之祈願成就無礙、者也 永正六年(1526)、甲戌、二月十二日」、「敬白」

[ 永正六年(1526)二月十二日、本化(日蓮宗)の沙門(僧) 日快の逆修供養の為、本門(法華経 二十八品の内後半の第十五品 従地涌出

から最後までの十四品)寿量の金言(偈頌)を刻み、その真文により、現世と来世の二世にわたる祈願が成就すること疑いなきもの也。 ]

(但し、板碑に刻まれているのは本門ではなく、第七品 の化城喩品に出る偈が刻まれている)

能開甘露門 廣度於衆生

法華経化城喩品に出る偈

偈(げ):能開甘露門(のうかいかんろもん)、広度於衆生(こうどおしゅじょう)

[ よく甘露の門を開いて、広く衆生を度(すく)いたもう ] (甘露の門:涅槃に入る門。聖道のこと。)

本碑は、二句目が「広度於衆生」となっているが、化城喩品では「広度於一切」になり、日快が「衆生」を念頭に二句目を刻んだと思われる。

化城喩品の偈(げ):能開甘露門(のうかいかんろもん)、広度於一切(こうどおいっさい)

[ よく甘露の門を開いて、広く一切を度(すく)いたもう ]

北壇、南向き 題目板碑群

本題目板碑は向って右(東)から三基目。本碑は、板碑群の中では背の高い方。

 定善寺(じょうぜんじ)享禄三年銘 題目板碑                  石仏と石塔-目次!

定善寺(じょうぜんじ)題目板碑群 四十基 (室町時代後期〜江戸時代前期、凝灰岩)

向かって左側が北壇で背中合わせに各10基ずつ計20基、右側の南壇も背中合わせに各10基ずつ計20基の板碑が立つ。

 板碑(いたび)

*JR日豊本線 「日向市駅」から南方向へ徒歩 約15分。

(撮影:平成26年5月28日)