一乗谷遺跡・西山光照寺跡 石仏群(4)

 西山光照寺(にしやまこうしょうじ)(福井県福井市阿波賀町)

  西山光照寺は、天台宗真盛派に属し、朝倉一族内の勢力争いに敗れた鳥羽将景(初代 朝倉孝景の叔父)を弔うために建てられ盛舜(せいしゅん)上人により再興

  された寺院と伝えられている。寺院跡には大型の石仏が、南北に向かい合う形で約四十体が並べられている。石材は、笏谷石(しゃくだにいし)を用いている。

 西山光照寺跡(にしやまこうしょうじあと)(南面・東側の石仏群)

阿弥陀立像(室町時代後期、凝灰岩(向かって右端) 阿弥陀立像(室町時代後期、凝灰岩(右端から二体目)

二体とも阿弥陀如来で、手の印相が、向かって左は上品中生印、右は来迎印を結んでいる

阿弥陀立像(室町時代後期、凝灰岩(右端から三体目) 阿弥陀立像(室町時代後期、凝灰岩(右端から四体目)

二体とも来迎印を結ぶ阿弥陀如来で、向かって左は光背に頭光から放射状にでる光明が刻まれている

阿弥陀坐像(室町後期(右端から五体目) 阿弥陀立像(室町後期、凝灰岩(六体目) 名号板碑(安山岩(六体目の奥)
損傷が激しいが、定印の阿弥陀坐像と思われる 下部を欠く、頭上光背に阿弥陀の種子「キリーク」 室町後期「天文十八年(1549)の銘がある

十一面千手観音(室町時代後期、凝灰岩)(右端から七・八体目)

同じタイプの十一面千手観音が二体並んで納められている

十一面千手観音(室町時代後期、凝灰岩)(右端から七体目) 十一面千手観音(室町時代後期、凝灰岩)(右端から八体目)

地蔵菩薩(左、十体目)と下部が欠け、総髪で右手に蓮華、左手に宝珠か経典を持つ石仏(右、九体目)

阿弥陀立像(室町時代後期、凝灰岩(右端から十一体目) 石仏立像(室町後期、凝灰岩(右端から十二体目)

左上の阿弥陀如来は来迎印。右上は、両手は合掌し、光背に「ウーン」(阿閦・普賢・降三世・愛染 他)らしき種子を刻んでいる。

十一面観音残欠(室町時代後期、凝灰岩(右端から十三体目) 石像残欠(室町後期、凝灰岩(右端から十四体目、左端)

二体とも損傷が激しく、特に十四体目は原形を留めない

 明泉寺(みょうせんじ)五重石塔                        石仏と石塔-目次!

西山光照寺跡石仏群、南面・東側の石仏(十四体)

南面・東側の覆屋の内には、残欠を含めた十四体の石仏が納められている

 石  仏-紀年順-目次

*JR越美線「一乗谷駅」下車 南西方向へ徒歩3分。

(撮影:平成21年11月25日)