宝延寺(ほうえんじ)(岐阜県海津市平岡蛇池144-1)
岐阜県で最も古い宝篋印塔で、 鎌倉時代後期 正安二年(1300)の紀年銘があり、宝延寺境内に安置されている。
蛇池(じゃいけ)宝篋印塔 (県指定文化財、鎌倉時代後期 正安二年 1300年、花崗岩、高さ 193Cm)
塔身は、四面とも素面。(正面:東面) | ||
宝延寺境内、広い石柵の中、多数の小五輪塔と共に立っている。 | 塔身は、四面とも素面。(南面) |
笠
段形は、下二段、上六段。隅飾は、二弧輪郭付で内は無地。
塔身は、四面とも素面。(背面:西面) | ||
塔身は、四面とも素面。(北面) | 大形の宝篋印塔は、切石を組合わせた基壇上に立つ。 |
基礎 北面
基礎は壇上積式で、上端は複弁反花、側面は四面とも内に格狭間をつくる。北面に束に刻銘がある。
刻銘:「正安二暦(1300)四月 日」、「一結衆十七人」
十七人の人々が結集して、鎌倉時代後期 正安二年(1300)四月に、この宝篋印塔を造立した。
相輪は下から、伏鉢・複弁請花・九輪・素弁請花・宝珠で、全体を含め完存する。加えて、岐阜県最古 正安二年(1300)の紀年銘がある。 |
小石塔と宝篋印塔
宝篋印塔は、他の小石塔と共に平田町脇田の南方 字前並にあったが、慶長八年(1603)の洪水の時、この地に移されたと伝える。
また、古来よりこの宝篋印塔を「頼光塚」と称し、塔の苔にお湯を注いで飲めば、おこり病・安産に効き、身につければ雷よけの御守になると伝えられている。
刻銘:「一結衆十七人」 | 刻銘:「正安二暦(1300)四月 日」 |
基礎北面、束の刻銘
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宝延寺(ほうえんじ)本堂
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*JR岐阜羽島駅・名鉄 新羽島駅前から海津市コミュニティバス 海津羽島線 石津駅行きに乗車、「蛇池(じゃいけ)バス停」下車、南東方向へ徒歩 約5分。
(撮影:平成25年8月5日)