城東八幡宮 金剛界大日種子石塔婆(弘前市史No:弘前34)

 城東八幡宮(じょうとうはちまんぐう)(青森県弘前市城東中央4)

  平賀郡の津軽曽我氏の関係者を祀ったとみられている石塔婆で、鎌倉時代後期 正安元年(1299)の紀年銘がある。

城東八幡宮 胎蔵界大日種子石塔婆(市指定文化財、鎌倉時代後期 正安元年 1299年、安山岩、高さ 123Cm 幅 39.5Cm 厚さ 20.5Cm)

拝殿後方、二基の石塔婆の内右側に立つ。石面は、上方に金剛界大日如来の種子「バン」、下方に願文と紀年銘を刻む。

石塔婆 主尊

金剛界大日如来の種子「バン」

石塔婆 上半、頭部は、山形に似せ成形する。 石塔婆 下半、一部欠損するが、四行の銘文を刻む。

石塔婆 下方の刻銘

刻銘:「右志趣者比丘尼後生、善処成道正覚乃至、法界平等利益也而已、正安元年(1299)九月日、敬白」

紀年銘、銘文から平賀郡の津軽曽我氏の一族に関係する人物を祀ったと考えられている。(現地説明板)

「陸奥古碑集」(中村良之進 著)によれば、もう一基の石塔婆と同じく「通称寺内(現在の外崎地区)字蜾喰(よしくい)四基の内」とある。

四基は、正安元年(1299)銘が一基(本石塔婆)、正安三年(1301)三月銘が二基、無銘が一基で、在銘三基は正安年間に造られている。

比丘尼の後生善処を願って造立されたもので、逆修塔といえる。 石塔婆、側・背面

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城東八幡宮 石塔婆 二基

城東八幡宮は小さな神社で、石塔婆は裏手に二基並んで立っている。

 板碑(いたび)

*JR 奥羽本線「弘前駅東口」下車、東方向へ徒歩 約15分。

(撮影:平成25年10月14日)