(滋賀県栗東市荒張地先)
狛坂寺は、奈良時代に東大寺の僧 良弁が開いた金勝寺(きんしょうじ)の別院として平安時代初期に創立された
狛坂(こまさか)磨崖仏(史跡、奈良時代後期〜平安時代前期、花崗岩、高さ 630Cm)
作風が統一新羅彫刻の影響が認められることから奈良時代後期の造立説、狛坂寺の創立期が平安時代初期のため平安時代前期説がある
主尊如来の左肩上の三尊仏 | ||
狛坂(こまさか)磨崖仏正面 | 磨崖仏右前方、別の石に刻まれた三尊仏(後世の追刻とみられている) |
花崗岩の中央に大きく如来及び両脇侍(きょうじ)像を高肉彫りし、その脇及び上部には七躯の立・坐像が配されている
横から見た狛坂(こまさか)磨崖仏
狛坂寺は、興福寺の僧 願安により平安時代初期に創立された
右脇侍の右肩上の彫像 | 左脇侍の左肩上の彫像 |
主尊(中央)は、格狭間(こうざま)を表す須弥壇上の宣字座(せんじざ)に、右足を上にして足を交差させて座る
この時代の交脚像は、弥勒仏と考えられ、変則的な印は転法輪印であるといわれている
如来頭部
狛坂寺そのものは、採集された瓦片から白鳳時代に創建されたと考えられている。明治に廃寺となった
右脇侍(きょうじ)菩薩像 | 左脇侍(きょうじ)菩薩像 |
両脇侍(きょうじ)は、頭を主尊に側に傾け蓮華座上に立つ
磨崖仏は、韓国、統一新羅(しらぎ)時代の石彫と様式が似ているため渡来系(とらいけい)工人の造像と考えられている
阿弥陀三尊石仏(逆さ観音)(鎌倉時代初期)
上桐生バス停から狛坂磨崖仏に至る道路の左側にある。下流の「オランダ坂堰堤」築造時(明治22年完成)
に石材をここから調達したため、通常の三尊仏がバランスを崩し山上から落下し、現在の逆さ観音になったという
* JR琵琶湖線(東海道本線)「草津駅」下車、帝産湖南バス 上桐生行きに乗車、終点「上桐生」下車、徒歩約70分。金勝(こんぜ)山中の狛坂寺跡にあり、途中から道が悪くなるので、靴はハイキングシューズかウォーキングシューズがいいと思う。思っていたより楽に行けた。我国第一級の磨崖仏。
(撮影:平成19年2月17日)