乳井神社墓地 康永二年銘 石塔婆(弘前市史 No:弘前22 )

 乳井神社墓地(にゅういじんじゃぼち)(青森県弘前市乳井字外ノ沢)

  石塔婆群中、紀年銘のある石塔婆 五基のうち、唯一 南北朝時代に入ってからのもので、康永二年(1343)の在銘、石材も異なり砂岩を使用。

乳井神社墓地 石塔婆 (市指定文化財、南北朝時代前期 康永二年 1343年、砂岩、高さ 107Cm 幅 34Cm 厚さ 34Cm)

石塔婆群、中央の五輪塔から右に三基目。石面は、上方に種子を刻むが不明、その下に二線を線刻、下方に紀年銘を刻む。

石塔婆群中、紀年銘のある石塔婆 五基のうち、唯一 南北朝時代に入ってからのもので、他の四基は14世紀初めの1301~1306年のもの。

また本石塔婆は、他と異なり、上方の種子、下方の紀年銘とも彫りが浅く、石材も砂岩を使用している。

石塔婆 上方

種子部に欠損があり、一尊種子を刻むが尊名は不明。種子の下に二線を線刻している。

石塔婆 上方、頂部は水平。 石塔婆 下方の刻銘

刻銘は、下方中央に「康永二年(1343)四月十八日の紀年銘があり、その両側にもあるが内容は不明。

刻銘:「康永二年(1343)四月十八日」 有年銘石塔婆 五基のうち、唯一 南北朝に入ってからのもの。
乳井神社墓地 阿弥陀種子石塔婆(弘前市史 No:弘前23 )

 乳井神社墓地(にゅういじんじゃぼち)(青森県弘前市乳井字外ノ沢)

   阿弥陀種子「キリーク」を主尊とする石塔婆で、下方に涅槃経に出る偈(げ)を刻んでいる。紀年銘は不明。

乳井神社墓地 阿弥陀種子石塔婆 (市指定文化財、紀年銘不明、溶結凝灰岩、高さ 63Cm 幅 45Cm 厚さ 20Cm)

石塔婆群、中央の五輪塔から右に四基目。石面は、上方に阿弥陀種子「キリーク」、下方に涅槃経に出る「諸行無常」の偈(げ)を刻む。

石塔婆 上方

種子部は、左方を剥落する。主尊は、阿弥陀如来の種子「キリーク」を月輪内に刻む。

石塔婆、下方の刻銘 (涅槃経に出る偈)

偈(げ):「諸行无常(しょぎょうむじょう)、是生滅法(ぜしょうめっぽう)、生滅滅已(しょうめつめつい)、寂滅為楽(じゃくめついらく)

[ 諸行は無常である。これ生滅の法である。生滅を滅しおわりて、生も滅もない寂滅を楽しみとする。]

本偈は、万物が流転する方則を説いたもので、雪山偈ともいう。

 乳井神社墓地(にゅういじんじゃぼち)五輪塔                 石仏と石塔-目次!

乳井神社(にゅういじんじゃ)墓地 石塔婆群、向って右側四基

康永二年(1343)銘石塔婆は、向って左から三基目、阿弥陀種子石塔婆は、右端。

 板碑(いたび)

*弘南鉄道 大鰐線「石川プール前駅」下車、北東方向へ 約1.7Km。または弘前バスターミナルから弘南バス 弘前~平賀線に乗車、「石川入口バス停」下車、南方向へ約750m。乳井神社墓地は、神社 社殿に向って左側の山道を少し登ると、「乳井神社の五輪塔・板碑群」の立札がある。その場所から山道を進まず、左手の高い丘陵側に登るとリンゴ園の一画にある。

(撮影:平成25年10月14日)